佐藤康行の言葉をお伝えします。
自分を発見することはお金に変えられない素晴らしいことです。
そして、自分の人生を素晴らしいものにするのです。
与えると喜ばれるから自分も嬉しくなります。
そして自分の中に素晴らしい力があることを自覚して、実行することです。
商売であったら、お客さんを思う気持ちと社員に与える心は結び付いていかなければなりません。
宗教でも全く一緒です。
神仏に「お願いします」「お願いします」と言いますが、お願いするということはどういうことかと言うと、自分と神様を別個に見ているということです。
ですから、「お願いします」というのは宗教から離れてしまうのです。
二つに分類しているから、あなたが私を助けるということになるのです。
お願いすればするほど宗教から離れていくのです。
仏像等は人間がつくったものですが、人間は人間がつくったものではありません。
釈迦の顔を見て、いい顔だなあ、素晴らしいなと思う心が自分の心を変化させ、生活を良くするのです。
釈迦の神々しい、優しい顔を見て、自分も優しい、神々しい気持ちになるのです。
そういう心が神様や仏様に近いものにするのです。
ですから、ニコニコしている人の顔を見ると、自分もついついニコニコしてしまうのです。
いい顔を見るということは自分の心を良くすることになるのです。
宗教も自分の中に神や仏がいるということを自覚して、自分の足で立って、自立して、そして与える心を持つことが大事なのです。
与えることだけが大事だと言っているのではありません。
自覚させる、自立させることが大事なのです。
あるお医者さんの奥さんと息子さんが、「主人がおかしくなってしまったのです」と話してきました。
一時間ぐらい話をしていて、私は段々と見えてきました。
旦那様を見たら、確かに顔色も悪かったのです。
しかし、「旦那様はおかしくないのではないですか。おかしいのはあなたたちです」と私は言いました。
「お医者様なのに近所でおかしくなったという噂が出たら大変ですよ。一家の大黒柱をおかしいと決めつけているあなた方がおかしいのです。
ご主人がおかしかったら困るでしょう。
一番近くにいるあなたたちが信じてあげなければいけないのです。
味方になってあげなければいけないのです。
あなた方が信じて、『あなたは立派な人よ』と言ってあげればいいのです。
名誉挽回しなければ大変なことなりますよ」と言ったのです。
そうしたら、顔が真っ青だった人が一時間半ぐらいしたら、顔が赤くなってきたのです。
世の中は逆さまなことがよくあります。