佐藤康行の言葉をお伝えします。
【講話1】
遮るんじゃなくて勢いを返してあげるんです。
たとえば話してる最中にそうですね、そこもっと知りたいんですけどって、それが言葉です。
そこもうちょっと聞かせて頂けますかって言ったら真剣に聞いてくれてるんだなと思う訳。
遮るんではなくて逆に勢い付かせてあげる、何でも言えるようにしてあげる。
あーなるほどそこなんですね、ちょっと聞かせて頂きますか、そこの部分はどうなったんでしょうか、ここはどうなんでしょうか、あーなるほどそこはこうなんですね、って聞きながら相手に頷きながら聞きながら頷きながら聞きながらやればむしろ遮った事にはならないです、むしろ勢いが付きます。
だから話てる最中にそういう風に言っていいんですよ、あーなる程ちょっと待ってそこはどうなったんでしょうか。
とういう風に、そこをあまり頻繁にやると喋ってる方は忘れちゃうから、それは一番重要な部分をぽつっと聞くんです。
【講話2】
ようするにこういう事です、ここに無限億価値のダイアモンドがあったとするでしょう。
世界一のダイアモンドがあったとするでしょ、世界最高のこれ以上ないダイアモンドがあったとしますね、まず、全体意識はそれが大前提なんです。
これを自分の目で見てやるとこのダイアモンドに値段を付けて結構安物に付けちゃう可能性がある訳です。
そういう意味です。
それはあなたの見る目で評価した価値なんです。
このダイア無限億円の価値がああるからもうそれが絶対大条件なんです。
無限億円の価値があ、これは動かしがたいものなんです。
絶対変えちゃいけないものなのです。
全体意識は無限ですから。
その大前提があったから、そちらから捉えるという事です。
でも自分のもの事で捉えていったらその無限億円の価値がもしかしたら500万円くらいになるかもしれない。
自分の中の価値として。わかりますね、そういう事です。
【講話3】
それは知ることはもう不可能ですから、無限ですから。
絶対条件、無限だという絶対条件なんです。
ここでは、だって皆さん真我を開発してもの凄い感動したけど、そんなのほんのびびたるものなはずなんです。
皆さん気付いたのは、まだまだ無現なんですよ、でも皆さんが気付いたものは全体意識だと、「群盲象を見る」って言葉あるでしょう。
「群盲象を見る」って目の見えない人が象を触って足を触った人は象は大木だって、尻尾触った人は縄みないなものだと鼻を触った人は丸太んぼみたいなものだと、お腹を触ったら壁みたいなものだと触ったものだけが象だと思う、「群盲象を見る」って言葉がある。
まさに全体意識って言うのは群盲象になりやすいです。
分かります?自分が体験したものだけがそれだと思ってしまう可能性があるんです。
宗教っぽいって言われようが何思われようが、全体意識は無限であり、全体意識は無限の愛であり、宇宙であり、一つであり、そういう言葉になってしまう訳です。
だからそういう絶対条件がある訳です。