1687.真我は頭でわかっても意味がない

真我日記

写真はぶりの照り焼きです。魚に調味料の味が染みて美味しかったです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
佐藤先生の言葉をお伝えします。著書宇宙意識で因縁を切るより
「人間は宇宙そのものであり、愛そのものであり、完全で調和された存在である」

今まで聖人といわれた人たちは、共通してこのように教えてきました。

では、本当にその本当の自分に出会って、愛そのものの生き方をしている人が、世の中にどれくらいいるのでしょうか。

偽の自分で生きて、死ぬ時にやっと本当の自分に目覚めたというのでは、もう遅いのです。

できるならば、一刻も早く「私はこのために生まれてきたんだ」ということを悟って、その生き方をすることです。

私たちは、「人間は宇宙であり、愛であり、光だ」ということを、頭で理解しても何にもなりません。

何にもならないどころか、頭だけでそういうことを理解すると、一番救いにくい人間になってしまう可能性すらあるのです。

私は今まで、15万人という人たちをこの目で一人一人見てきましたが、最も本当の自分に目覚めにくい人は、「私はもう知っている」と思い込んでいる人なのです。

先日、ある教えを勉強している団体に招かれて講演をしました。

そこで、本当の自分を自覚するとはどういうことか、という話をしました。

みなさん、本当の自分を頭で理解することと、本当の自分を自覚することの違いをわかってくれたようでした。

すると、私が講演を終えても誰も帰ろうとしないのです。

知っている話なら、「今日はいい話だった」でおしまいになるのですが、「何も知っていなかった」と思えば帰れなくなるのです。

みなさん、「自分は知っている」と思い込んでいたのです。

これは現在の学校教育の弊害だと思います。

学校教育では、問題があって答えを解いたらそれでおしまいです。

答えをわかったというのは、頭でわかったということです。

しかし、本当の命そのものは、頭でわかったとしても、本当にはわからないのです。

頭でわかったというのは、わかったうちに入らないのです。

頭でわかるのではなく、本当の自分を体感し、体得し、体現していくのです。

本当の自分に目覚めたら、顔つきも変わり、言葉も変わり、態度も変わり、出会う人も友達も、何もかもが全部変わります。

そうなって初めて、ああ、わかってきたな、ということになるのです。

頭でわかるのは、ただの第一歩なのです。

まずは、そのことを理解することです。