佐藤先生の言葉をお伝えします。著者幸せな結婚の法則より
異性とのコミュニケーションを徹底して避けてきた男性が、真我に出会ったことで女性恐怖症を見事に克服したケースです。
長崎県で生まれ育った山本宏隆さんは、地元の高校を卒業後、福岡県内の大学に進学しました。
親元を離れてひとり暮らしを始めた宏隆さんは、楽しいキャンパスライフをスタートさせるはずでしたが、現実には真逆の生活が待っていました。
宏隆さんは極度の人見知りのため、大学で講義を受ける以外はアパートの自室に引きこもってばかりの生活だったのです。
「本も見ない、テレビも見ない、インターネットもやらない。とにかく何もせずにジッと息をひそめて毎日を過ごしました。
外出するのは講義などの最低限にとどめ、あとはドアの外へ出られないように、部屋の中ではイヤホンのコードを首に巻いていたんです。
要は、自分で自分に首輪をつける状態ですね。
かなり異様な行動ですが、そうすることで心を落ち着かせていたんだと思います。
とにかく、人と会話をすることがすごく苦手でした。
むやみに話しかけてくる相手に対しては、早くこの場から立ち去れ!と心のなかで念じていました。
ひどいことを考えてしまう自分自身が嫌で、人と接することをますます避けるようになりました」
極度の人見知り傾向は15~16歳のころから顕著に見られたそうです。
宏隆さんは両親と姉と妹の5人家族。
家族仲が極端に悪かったわけではありませんが、けんかなどで家のなかが険悪なムードになると、争いを好まない宏隆さんは自分の存在を消すかのようにジッとして嵐が過ぎ去るのを待ったといいます。
そのおかげで両親に怒られたり、姉妹のけんかに巻き込まれることはありませんでしたが、一方で人と向き合うことが極端に怖くなってしまったようです。
とくに女性に対する苦手意識は強かったと、宏隆さんは当時を振り返ります。
「高校3年生のとき、男子が4名、残りは全員女子というクラスになりました。これほど居心地が悪く息の詰まるような環境はありませんでした。
授業が終わると急いでトイレへ逃げ込みました。
世間的にはちょうど異性に興味をもつ年頃だったかもしれませんが、私からみれば女性を好きになる感覚のほうが信じられなかったんです。」