1342.「知る」「信じる」次元から「観る」次元へ

真我日記

佐藤康行の言葉をお伝えします。
ものごとのとらえ方には、三つの次元があるのです。

それは、「知る」「信じる」「観る」ということです。

いままで私たちはほとんど、「知る」か「信じる」という次元でものごとをとらえていました。

私が提唱しているのは、「観る」という次元です。

「知る」というのは、科学の世界です。

何か新しく事実が発見されたときに、それが公表されて、そして認められます。

証明されたものですからまず間違いはないのです。

しかしこれは、知っているものは認められますが、まだわからないものは、認められないという短所があります。

時間がかかります。

そしてまだ知られていないことの方が、はるかに多いのです。

一方、「信じる」というのは、宗教や哲学の世界です。

信じれば、一瞬にしてすべてをとらえることができます。

「知る」世界よりはるかに早いのです。

しかし、もしそれがウソだとしたら、ウソのまま間違ってとらえられてしまいます。

ヒトラーやカルト教団の教祖を信じたらどうでしょう。

人生を台無しにしてしまう可能性があります。

盲目的に信じるのは大変危険がともなうのです。

そして、最後に「観る」というのは、真理を見抜く世界です。

しっかりと目を開いてみましょう、ということです。

目にも三つの目があります。

それは、肉眼、心眼、真眼の三つです。

例えばゾウを見たときに、肉眼はゾウの姿、形、動きを事実としてとらえることができます。

心眼はゾウの心までも観ることができます。

そして、真眼はゾウの役割を観ることができるのです。

生命単位でとらえることができるのです。

その一部を見たときに、全体が観える、という世界です。

これから人類がもっとも発達させなければならないのは、この「真眼」で観るという能力です。

いままでは「知る」次元と「信じる」次元に偏りすぎていたのです。

自分自身の真眼を磨いて、ものごとの本質を観ることが一番大切なのです。