佐藤康行の言葉をお伝えします。著者生命の覚醒より
私たちは、命のことを未だに正確に答えられないでいます。
私たちの心臓がどうして動いているのかということを、仮に推論を立てられたとしても、それは勝手に考えているだけで、誰一人として正しくは答えられません。
この間、教育テレビを見ていたら、ノーベル賞を取った人たちが集まっていろいろ討論をしていました。
私はそれをじっと見ていて感じたことがあリました。
世界のトップクラスの人たちですから、科学的なことはもちろん素晴らしいのです。
ところが、ある方が、「魂とは何でしょうか?」と質問を投げかけたら、みんなしどろもどろになってしまったのです。
ちょっと考えてみるとおかしいのではないでしょうか。
いちばん大切なことではないですか。
一番大切なことをなぜ一刻も早く研究しないのでしょうか。
私たちは、まず自分自身を悟ろうとして、いろいろな勉強を猛烈にしたり、修行を一生懸命したりします。
本当に勉強や修行で悟れるのでしょうか。
勉強の悟りというのは、知識の悟りです。
修行の悟りというのは精神の悟りです。
でも私がいわんとしているのは、命そのものの悟りです。
命の悟りというのは、時間がかかりません。
なぜならば、もう既に悟っている自分が自分の中にいるからです。
私たちの命は、もともと天から完全に与えられているのです。
ですから、それを自覚すればいいだけなのです。
心臓は、勉強をして動かすわけでも、修行をして動かすわけでもないのです。
「あっ、心臓が動いている!」と自覚すればいいだけです。
一生懸命勉強して辿りつくというのは、命の悟りではありません。
知識で理解をしたに過ぎません。
私たちが理解しようがしまいが、修行しようがしまいが、もともと私たちは最初から完全なのです。
今私たちが一番気づかなければいけないのは、命の悟りなのです。
私たちは命の悟りを得て始めて、それに沿った頭の使い方をすることが大事なのです。
今まで人間は間違っていたと思います。
一生懸命努力をして、やっと悟ってきたと思ったらもう人生はおしまいというのは、変だと思いませんか。
これは私の素朴な疑問です。
悟りを得ることを終点とするのではなく、出発点とするのです。
そうしたら、どれだけ人生が素晴らしいものになるでしょうか。